Labo Kurohama  巻頭言保存 1頁


50.    国政与党のおごりが都議選の結果に現れたというのは事実だろうけれど、といって、現都知事がこれまでのところ何をしたわけでもない。首相の党派はおそらくわかっているだろう。都議選が小選挙区制でないことを。衆院全議席約500のうち300前後の圧倒的多数を取って旧民主党が政権に就いたり自民党が返り咲いたりできたのは、ひとえに小選挙区制という碁盤の上でのこと。もう30年程度前になるのだろうか、時の政権党は4割の得票で8割の議席を取るというこの仕組み強行した。これに慣れてしまった者がおおむね激変を容れない都議選で激変以上の大敗北を喫する。選挙が博打ではいけない。得票数を冷静に見るべきです。(2017/07/04)

 

49.    旧西ドイツ最後の首相ヘルムート・コール逝去、87歳。ドイツ統一達成直後政治資金疑惑で首相を辞任。妻に自殺で先立たれ、自身は自宅で転倒し車いすの暮らしになった。偉業の割に何とも痛々しい2メートル巨漢の晩年。冷戦後の世界を作った立役者のその後はみんな寂しい。アメリカを再び強くした父・ロナルド・レーガン、イギリスを再生させた鉄の女マーガレット・サッチャーはともにアルツハイマー病に果てる。ソ連を変えると言って崩壊に導いたミハイル・ゴルバチョフは過去の人になってなお不評を買う。この人は昔の精悍で知的な顔を失い、人の悪そうなジサマふうになった。やはり大変だったんだろうか。(2017/07/03) 

 

48.    折りたたみ傘をもっていけ、と天気予報。長い傘はだめなの? 言う側として何か事情があるのか。エアコンはどうなのだろう。東日本大震災の後原子力発電が実質的に止まり、電力逼迫が噂された。エアコンを「上手に使って」、「適度に使って」と、暑い中微妙な言い回しで節電を求められた。この頃そのような示唆がない。エアコンをどう扱えとそもそも言わない。じゃ、そろそろいいのかな? 昔、生活保護受給ゆえにエアコンを許されず暑さで亡くなった高齢女性が近くにいた。当方電気代程度は払えるけれど、女性が暮らした昔と同様、世の中には節約が大切と思い込んでいる。電気使っていいですか。盛夏もうすぐ。(2017/07/02) 

 

47.    ラジオの聴取者の話。「淡路島は琵琶湖のふた」。その通り。昔から地図帳に親しんでいて、同感なのです。誰かこれを言ってくれないかなというのが、沖縄本島と北方領土の択捉島。日本の主な離島で地図の一番下と右端にあるものがまるで写したように同じ形。北方領土は日本だ、の感。その日本、北海道は国土面積の2割大。その半分が九州で、そのまた半分が四国。四国の真南を見ると、これが膨満したようなオーストラリアにたどり着く。話を戻して琵琶湖の方へ。全地球はどこかで打ち合わせをしているのだろうか。南米大陸がこの形だ。ふたになってもらうにはデカ過ぎるけど。世界似たもの平和サミット、いかが?(2017/07/01)

 

46.    車椅子使用の男性が単独の腕力で旅客機のタラップをにじり登る姿をニュースで見ました。椅子に座ったままでは介助者あっても上げられないとというひどい規則が、諸般考えればあるいはあるということか。航空会社は不愉快を強いたと謝る。識者は環境の整備がなく遺憾と言う。一人印象的なのはご本人。「すっかり条件を整えることの無理はわかる、拒否はしないでほしい」。人格を感じる大人の言葉。思い出すのは、先日来日のサウジアラビア国王。自分一人が使うためにエスカレーター式タラップを国からもって来た。いくら王様でも、王様をやれてるんだから、タラップくらいフツーのを使えば? 付き合いたくない人だ。(2017/06/30) 

 

45.    オリンピックとパラリンピックが必ず並べて言われるようになりました。20世紀の東京「オリ」当時に「パラ」が規模・予算とも飾りのようだったのと比べて進歩したもの。ただ、言葉としてこれでいいのかな? Paralyzeを辞書で見ると、派生的な意味は少々あるものの、その根本は麻痺ということ。パラリンピック選手にはこれ以外の障がいをもつ人の方が多いように見えます。包括力に期待してparaとしたのか。それにしても、的の射方が不足と思われてなりません。我が家、すでに障がいとは無関係にあらず。自身についても心配しています。どの人がどう困難かを見極めてくれる社会が来ることを念じて待つ次の五輪。(2017/06/29) 

 

44.    NHKラジオの「ラジオ体操」。朝6時半、正午、昼、3時など、人生にとって非常に大切な時に毎日何度も割り込んでくるのです。チャンチャンチャララという戦前の国民総動員体制のようなけたたましい音、新しい希望の朝がまた来た旨の共感できない歌。小学校時分、本物のこれが学校に来ていろいろキビシく言うので、嫌いになりました。いやだねえ、国民一丸というのは。仕事中ラジオを切って10分待つのは、一度でないから煩わしいことこの上ない。ところで、この頃身体の節々が痛く日々が辛い。ラジオ体操がいいのだそうです。自分でもそう思う。半世紀嫌ってきたものに白旗を上げる時が来たか。ああ、イヤだねえ。(2017/06/28) 

 

43.    6月25日、長野県南部で震度5強。この頃の地震は関東中央部の包囲線を形成しつつあるのか、心穏やかではありません。偶然ながら東日本大地震の翌日、今は仕事場にしている旧宅の一部改築のため、業者と最初の打ち合わせをしました。改築は実は「減築」。現建築基準以前の古い木造家屋の2階を切り、平屋にするのです。いくらボロ屋でも平屋が地震でペタンと崩れることはめったにあるまい。目論見は当たり、地震の話題から取り残されることが多くなりました。工費約400万円の珍しく気の利いた買い物。代わりに車が交替せずオンボロ化。エアコンがダメになり、あまり乗らないので事故の心配も少し減りました。 (2017/06/27) 

 

42.    1950年6月25日、朝鮮戦争勃発。筆者生後2か月半の時。勃発後何年といえばそれが年齢と一致します。戦域の面で地域紛争だったこの戦いは、国連軍側だけで参戦17か国。小さめの第3次世界大戦とも言えるものでした。時を同じくして生まれた我々200万人余は、歴史的ちゃっかり世代かもしれません。隣国の戦争による特需景気のもとで飢えを免れ、さしたる欠乏の記憶もなく物心つき、そこそこの貧乏を経験しながらも高度経済成長の中で成人し、全員中流と言われて大人を生きたのです。今に至るまで世界に紛争は絶えず、目の前には過労に果てる青壮年あり。いい時代を生きた我々、思い出を語れる相手はどこかにいるか? (2017/06/26)

 

41.    あのド迫力のブチ喚き、驚きであります。人間とは時にこんなもんでもあろうとは思うけれど、あれはもう少々下品な人を探してきて代わりにやってもらった方がいい。何しろ代議士先生なんだもの。男は女はしかじかであれ、などと考えたことはありません。しかし、世の中一般には傾向があるもの。言うことが小うるさい男は見下げられ、ヒステリックな女は敬遠される。こんなところではないでしょうかねえ。おばさんに滅茶苦茶なじられた秘書氏は、秘書であって災難。ボスに対する絶対的隷従がこの業界の傾向であるらしいと時々聞く。国会議員が国費で雇う秘書がみんなこんなにミゼラブルでなければいいのだけど。 (2017/06/25) 

 

40.    早朝のNHKラジオ、番組の挿入に「さとうきび畑」。ざわわざわわ、と児童合唱団が歌うのは2番の歌詞、「むかし海の向こうからいくさがやってきた」。続いて、「今日は何の日」。6月23日が「沖縄慰霊の日」だと伝える。2つをつなげたのはNHKの深慮か、それとも公共放送として歴史にぎりぎりの肩入れをしたのか。これから8月半ばにかけて官民様々な慰霊があるだろう。「官」はある表現をやめなければならないと毎年思います。「これら尊い犠牲があって今日の日本が...」。進んで命を捧げたかのように言うのは美辞麗句の大きな間違い。臣民たる老若男女の圧倒的多数は、考える間もなく一方的に命を奪われたのです。 (2017/06/24)

 

39.    退職後はアメリカに度々出かけて英語をビシッと鍛えてこよう。そのため、車などを買う代わりに300万円をドルで貯金しよう。アメリカで使うならレートの変動は関係ない。本当に行く覚悟としてドルを、と決めたのが10数年前。ところが、行かんのです、一度も。その間リーマンショックがあり、ドルの価値は急坂を転げ落ちるがごとし。持ち直しはあったものの原状に遠く、「オレはばかだった」。数日前、何度目かの満期が来て旧軍資金をやっと奪回しました。金利により元手に数万円の上積み。これだけのことにアメリカそっちのけで何度ハラハラどきどきしたものか。どこかへ行くときは目に見える円がいいようで。 (2017/06/23)

 

38.    テレビの「まんが日本昔ばなし」、作詞者が「月光仮面」と同じ川内康範氏と知って驚き。歌う花頭巾の透明で突き通る声があまりに印象的で、他に興味をもつことがなかった。番組表で探してまた見ようと思っておきながら、実はその後何年もご無沙汰のままでした。たまたま再会したのは、テレビではなくインターネットの世界で。それがまあ、何というか、つまり面白くもないのですね。テレビで見れば大画面でなくても部屋全体が昔の里になったような気がして不思議だったのに、ネット上では、ただ一言、無味乾燥なのです。夜の夜中おっさん一人、コンピューターの画面に顔を照らされて、何と情けないこと。 (2017/06/22) 

 

37.    NHKラジオ第二、週後半の朝9:30は「仕事学のすすめ」。各界の成功者が「私はこうしてこうなった」というような話をする。何々の時は何々せよ、などのように戦国武将の遺訓みたいなものをくれたりもする。なるほどいろんな人がいるものだ、と何気なく聞いて数週間。再放送が多い。また同じことを言っている。そのうち、何を偉そうに、と思う。そしてまた同じ再放送。いい加減にせんか。世の中には成功者でない人の方が多いのだ。週が明けると同じ時間に「お話でてこい」。ドンドコドンの伴奏で「でてこい、でてこい、お話でてこい」。知っている話も知らない話もみな懐かしくて面白い。朝はかくあるべしなのダ。 (2017/06/21) 

 

36.    朝食付きツインで一泊1万円以下のホテルが都会部に今時あるかというと、9千円前後のところでけっこうあるのです。こういう所は料金同様建物の背丈も概してそう高くない。最低限快適で後まで腹に残らない朝飯にありつけ、火事ともなれば消防車のはしごが届く。これが最良の宿というもの。ロンドンには竹細工の鳥小屋のように全部燃える20数階建ての建築が多いのだろうか。あの燃え方はひどい。かつてのホテル・ニュージャパン、9.11のワールドトレードセンター、それに、パニック映画の名作「タワーリング・インフェルノ」の高層ビルもあんなふうにはならなかった。亡くなった人々、さぞ辛かっただろう。 (2017/06/20) 

 

35.    原子力潜水艦が巨大船と衝突して東京湾に沈んだら放射能汚染で大変、とは潜水艦「なだしお」事件の頃の話。大丈夫、沈むのは相手の方です、と専門家が言っていた。能天気な話とはいえ、そんなもんかと納得したものです。しかし、物と物がぶつかればやはりでかい方が勝つらしい。米イージス艦大破、7人行方不明。イージス艦とは情報キャッチの専門家で五感抜群、何しろ全身これ神経ではなかったか。それが長さ200メートル超の障害をかわせず、しかも自分が負ける。遠くの敵を安全な所から叩くのが戦術の基本につき、こんなことは考えていなかったか。官は安全管理に敏なるべし。民は官に頼っているのだから。 (2017/06/19)  

 

34.    とある新宿のとある飲み屋、旧悪ガキ集団の数名が盛り上がる。「我々はそろそろ日本に新しい夜明けをもたらすのだ」。「そうだ、今がその時だ」。「では武器を調達しよう」。数分後、近くのおもちゃ屋でガラケー携帯をいじるあやしくない男が一人、「鉄砲1丁確保」。「では都庁に侵攻」。悪ガキ党は河岸を変えはしごを開始。さて、警察はテロ等準備の容疑で一団を捕まえてくれるだろうか。こんな団体知らないからだめか? いちおう職務質問の後全員しょっぴくぐらいしてもいいのではないか。別件逮捕で誰かいじめてやる手もある。妙な法律ができたね。政権5年、やりたい放題がわからなくなったんじゃないの? (2017/06/18)

 

33.    青森はやられっ放しではないだろうか。かつて東北新幹線は八戸止まり。青森までは半端に遠かった。青森まで延伸されると、お客は特急に乗り換えて函館へ行ってしまう。そして、函館新幹線と言うべき北海道新幹線開通。青森はほぼ純粋に通過点になった感あり。ここで、「待てよ」。新幹線が直接停まらないのは函館も青森も同じこと。小樽も同じ目に遭うはず。つまり、目指すは最初から札幌か。それはそうだろうけど、日本国民はそれほど札幌にだけ行きたいものなのか。ずいぶん無理をしておいて、札幌新幹線は飛行機に勝てるかな? 札幌到達は2031年、当方81歳の未来。心配すべきか、する必要もなしか。 (2017/06/17)  

 

32.    旅の荷は自ら担え。修学旅行先で生徒たちがあれこれ買い込んではホテルから宅急便で送る。その算段を自分たち教員がしていることを情けなく思ったものです。富が増えるわけでなし、送料の千円あるいは3千円が惜しい。自分でもって行けばタダ。こうして、修学旅行生の祖父に当たる60超の齢まで荷物は自分の肩と背中と手の負荷とした。楽して遊んじゃいかん。この路線を放棄したのは65歳の時です。画材一式と隙間に入るものをぎゅうぎゅう詰めて送料は1380円。軽くなった肩を思うとこの料金の何と安いこと。ホテルに着くと荷物はすでに部屋に運ばれていて、ウソだろ、とさえ思う。楽を楽と知る六十路の下り坂。 (2017/06/16)

 

31.    北海道新幹線開通後の函館は、実質「函館新幹線」の終着駅なのに路線本流からはみ出した盲腸のような恰好。新函館北斗駅から本丸の函館に至るには、360円を払ってもう一つ支線の旅をしなくてはなりません。函館から帰るにも、同じく新函館北斗まで。新幹線に置いて行かれないよう支線列車を1本早めると、東京方面への帰路は1時間以上余計にかかります。弾丸列車の意味がなく、面倒くさく、さらに、商売敵の飛行機にJRが負ける。何とかならんものでしょうかねえ。せめて360円が免除されればお互いどうもでいくらか気が済むのだけど。昔は函館駅に連絡船が着いたじゃないか、と言ってもだめか。演歌、今は昔。 (2017/06/15)

 

30.    9泊10日のスケッチ旅。最初4日間の函館は終始雨がち。こういう時は普段録画だけで見ているテレビをホテルの部屋でだらだら見ることになる。気づくのは、わめくシーンがドラマに多いこと。騒ぐ、怒鳴る、泡を飛ばす。感情をぶちまけて見せることが役者技量の第一要件であるかのよう。普段これに接している人はご自身がわめきはしないか、と考えてしまう。そこへ、警察官が家族3人を手にかけたらしい事件。夫婦喧嘩でカッとした結果か。このような事態を呼ぶ人工的環境が世間にあるように思えてなりません。こちらもカッとなってみようかなどと思いながらカッカッカのテレビを見続けるのでした。窓の外はまた雨。 (2017/06/14) 

 

29.    米FBI前長官のコミー氏とはどんな人物なのか。また、FBIとは。大統領選最終盤でクリントン候補の大不利になる私用メール問題の捜査を始めたかと思うと投票日直前に取りやめ。下世話に言うなら、あまりにクサい。一方、対局にいる現大統領のロシア・コネクション疑惑では捜査開始からほとんど間を空けず大統領の一声で更迭。容疑者によってクビにされる職とはどういうものなのか。当方、アメリカに行こうと思って貯めていたドルが少しばかりあり、アメリカが湿った事をすると円高でその価値が下がるのです。すると、函館取材旅行などが難しくなる。旅に出た先でふと不安というのは、いやですねえ。 (2017/06/13)

 

28.    函館での定宿はホテル「K」。旅人がこれだから、高級ホテルというわけではありません。ご主人はどこか教養がありそうな人物で、技量が高そう。年若でしゃきしゃきの奥さんは品を作るところがない。お付き合い10年、この頃酒を酌み交わす間柄になったのは嬉しいことです。インターネットでの予約先とは乾いたやり取りだけありがち。利用者書き込みの口コミにはけっこう心が折れるのだとか。つい言いたい放題のお客様態度というのは好きませんね。当方、昔の旅を思い出せば、ネットに登場して選択されるほどの宿には何の文句もありません。せっかくの定宿、やたらな高級化などの激変がないことを願うのみです。 (2017/06/12)

 

27.    6月1日、北海道観光に一番いい季節の第1日目、函館は雨。さらに、函館といえばこれというイカの何とちっこいこと。掌に乗る程度のヤリイカ。2倍にもなるマイカ(スルメ)漁の解禁は今日で、ものはまだ揚がらない。ヤリもれっきとしたイカで役者なのだけれど、当地の千両はやはりマイカ。昨シーズンの漁獲は多い年の10分の1に届かなかったとか。今回はそのうち巡り逢えるだろうか。ところで、イカは海の恵みの王者ではありませんか? 生で良し、煮ても焼いても揚げても蒸してもまた良し。和食中華はもとより、洋食にだってしっかり合う。万能な上、一般に値段も庶民レベル。完璧なまでの最優等生だと思います。 (2017/06/11) 

 

26.    学校や授業がどれほど楽しいものであり得るだろう。約40年前に教師になった頃、「楽しくなければ学校じゃない」、「歌って踊れる教師」などと言われ、学校が世間化していった。世間には暗く辛い部分がいろいろあるのです。子どもとしての児童生徒にはそういう困難に対処する力がない。今日言う「いじめ」は子どもどうしの単なるいざこざではなく、大人が患う社会暴力的暗部が学校にまで広がった姿なのです。子どもが本来耐えられない不合理を生む要素を、学校はとかくの風潮の中で黙認あるいは推奨してこなかったか。学校は世間ではありません。子どもが社会に出るまでの間生活する所、能力を確立する場です。 (2017/06/01)

 

25.    韓国の人はかつての日本帝国主義の象徴として桜を忌避するのかと思えばさにあらず。日本同様、季節になれば韓国の桜もなかなかのものです。日本が昔植えたとされる桜も多く今に伝わっていて、ソウルのバスターミナルの近くだったか、延々2キロに渡る並木などは見事。花見もありますが韓流は文字通りの花見で、赤い顔をした一団が木の下で盛り上がるというようなことはないようです。陽気に誘われた家族やいい仲どうしが連れ立って花を見上げながら散歩するといった風情。日本がああならこちらはこう、という意識などではないのでしょう。最近顕著な日本人のキムチ志向は元祖にならってのことのようですが。 (2017/05/31)

 

24.    「北」に一度だけ行ったことがあります。軍事分界線上の板門店、通称38度線をまたぐ南北会談場テーブルの半分より向こうの北朝鮮に2分ほど滞在しました。反対側からは、あの国の在り方からして当然のこと、誰も来ません。実は韓国の一般人にも板門店訪問は許されないのです。では我々は何なのだ。不測の事態があれば数歩の距離の南に帰れなくなる者、それだけ?。朝鮮戦争休戦から半世紀、止まったままの時空に観光客としている説明困難な感覚。ソウルに戻り緊張を忘れると、北の人を遠くで見た記憶が古い思い出のように残りました。あの感慨は日本人としてか、それとも、東アジア人としてか。 (2017/05/30)

 

23.    文化風俗で多くを共有する日本と韓国は、互いにとって外国です。年に1、2度の韓国旅行を始めて5年ぐらい経った頃、土鍋が欲しくてそういったものが山積みしてある荒物屋に入りました。「店の中を撮ってよろしいか」。いいと言う店主は、写真数枚を撮る間外に出ていました。これが日韓の違いかもしれません。商売は下級の仕事である。三代続いた暖簾などと日本では言う。彼の地では「三代そんな仕事をしているのか」。その様を撮られたくないという皮膚感覚があの店主に残っているのだとしたら何も言えません。こちらは、親までは代々の商売人。公務員になった自分がそんなに偉いとは思えません。(2017/05/29)

 

22.    痛快に、また時には不気味なほどに共通なものを日韓間に感じたのは、言葉の勉強を始めた時のことです。韓国語文法は日本語のそれとまったくと言っていいほど同じ。「てにをは」、「こそあど」のような神経系統も相互にいちいち対応しているのです。そして、かつては中国に対する朝貢国どうしだったということか、漢字語の共有が頭からつま先まで浸透している。ハングルの学習を始めてわずか数日、単なる読み書きの範囲を超えて韓国語の向こうが見えてきたことには驚嘆しました。英語の国は、日本語とは完璧に異質な言語を用いるがゆえに外国。日本海の向こう側については、外国という感覚がほぼなくなりました。(2017/05/28) 

 

21.    線路沿いに歩いていつかソウル駅が遠くなり、都会がぽつんと寂しくなった所、線路をまたいでかかる橋の名は「塩川橋」。黒ずんだコンクリートのたもとに柳の木が一本、枝が風にそよぐ。額に白三角の人にいてもらえば、誰がどう見てもここは日本。韓国が日本の植民地のはずはなく、それを自らに言い聞かせました。すると、同じ瞬間に期せずして事実を知りました。日本文化は、よく言われるような世界に類例のない局地的個性ではない。もしかすると、東アジアの広がりの中で一種普遍的なもの。なら、オレはアジア人として自己を所有していいのか。青天の霹靂というべき気づきを、本当に青い秋空の下で得たあの日。(2017/05/27)

 

20.    逮捕された韓国前大統領の父、朴正煕氏は強権の大統領でした。この人の治世下、韓国で「赤い」言動をすればどういう目に遭うかわからなかった。1979年暗殺。その10年後、初めて韓国へ行きました。まだ硬直感のある社会。街中で写真を撮って怪しまれないよう緊張したものです。言葉を知らず、周りに溢れる文字・ハングルをまったく読めない違和感も不安をかき立てました。しかし、こういう国にはもう来ない、ということにはなならかった。捕まってしまったのです。といっても、官憲にではなく、自分とその国の空気との不思議な一体感に。ここは日本だ、韓国はまだ日本の植民地なのか、とさえ思うほどの一体感でした。(2017/05/26)

 

19.    私服とはいえ手錠をかけられて韓国前大統領が護送車を降りる。暗殺された父大統領がこれを見たら、権力者とはこんなもの、とあるいは思うのだろうか。同じく暗殺された母親、娘のこの姿には胸がつぶれるに違いない。指導者だった者も容疑者になればその扱いを受けなければならない。というより、つまりは国民感情の問題であるらしい。この感情の持ち主と、この人物を大統領に選んだ国民は多くが重なり合う。人間を客観するとやるせない時があるもの。かつての軍人大統領と同じように、有罪判決、赦免という図式はあるのか。なければ被告はどこか気の毒。あれば国民和解の言葉が安物になる。韓国の重苦しい課題。(2017/05/25)

 

18.    風薫るべき五月にして盛夏入り口のような連日の暑さ。今年の夏はヘンだねとよく言うけれど、今年に限っては現に変ではありませんか。そういう時にウグイスが鳴く。字を読んだかのようにホーホケキョそのまま。自然の正しき循環がここにあるのか。暑さにやられたのではるまいね。気の早いことに、今年の冬はちゃんと来るかと心配。遠く高く寒い梢で満月を背にホッホーと信号を送ってくれるフクロウの記憶がこの間の冬にはないのです。春はトイレの窓越しにキジの夫婦を見ることがなかった。雨の夜にトトロが立っていそうな家の前の雑木林も今はなし。田舎なのに変わり行く里。タヌキが人の姿で嘆いていたりして。(2017/05/24)

 

17.    現天皇は、明治以後ではキャラクターかもしれません。天皇譲位を巡る「有識者」会議というところで、「天皇は祈っていればいい、それだけなら公務負担もそこそこだろう」。象徴の意味が分かっていないと天皇が不興の色を見せるのはもっとも。譲位は一代限りとするとか。それじゃ自分だけ不熱心みたいじゃないか、とやはり不興の様子。天皇が一石を投じるのも事後あれこれ言うのも、今より前には聞いたことがない。そういう時に、「有識者会議」というのはいささか無理ではありませんか。自分に限ってイジメ禍とは無縁という先生方だけ集まってイジメ対策の研修をしているようなもの、と思えてなりません。(2017/05/23)

 

16.    カネがないのにミサイル撃って虚勢を張る国、その指導者。かくもアメリカを怖がるのはなぜ。体制は保証するとそのアメリカが言うのに。思うに、国は潰さないけどお前を捕まえたらただじゃおかん、ということになるのがいやなのか。米、中、ロ、どの国の発言も、実際どういうつもりなのかといえば、わからない。おそらく、偉い人たちご自身も考え中。確かなことは、韓国と日本があのやんちゃにとっては捕まってもいないのに人質だ、ということだけ。日本の首相はアメリカといっしょに断固対処と言う。韓国は、震源地に向けて時には人、カネ、物を送る。何だか日本ひとりが単純に見える、と言えば自虐思考か。(2017/05/22)

 

15.    米大統領が外国歴訪に出発。国内の風当たりが厳しいため? この人物といい、東京の前元3代の知事といい、経営と政治の区別をつけられない人が政治の高い舞台へ登るのが現代政界の傾向と思えてなりません。いくらリアリストでも、理想をどこかに据えない政治というものは難しいだろうに。核の主導権、資源、領土、自国利益。こうしたものの取り合いが政治ならそのうち戦争だろうに。ミサイル開発に躍起の国が世界の脅威と各国が言う。それなのに、みんなでまとまってあのやんちゃおにいちゃんを諫めようということにならない。たとえばケネディがいない今の政治世界を、今の子どもたちはどう感じているのでしょうね。(2017/05/21)

 

14.    布団を干そうとして物干し竿を見詰めると、視線の先に1匹のデカいハチ。布団ごと室内に避難し、網戸を閉める。あんなのに刺されたらオレなどは死ぬ。もう行ったかな、と思って愕然。手が届く軒のすぐ下にハチの巣ができていた。子どもの茶碗より小さく、杯よりは大きい。まだ新しいとはいえ、少なくともここ数日はこういうものの下で布団をばさっと翻していたわけだ。捕虫網の柄だった竹棒を探し出し、待機5分。1秒で網戸を開け、0.5秒で巣をかっ飛ばし、また1秒で網戸を閉める。こんなに機敏な動きを示したのは何年ぶりだろう。起きて絵を描いて寝る暮らしなど、他人様が見ればだらだらしたものです、きっと。(2017/05/20)

 


雲斗雲肘木は組み物の1単位を1材で作るもの。
法隆寺金堂
薬師寺金堂
薬師寺金堂
唐招提寺金堂
唐招提寺金堂
薬師寺東金堂
薬師寺東金堂
平等院鳳凰堂  
平等院鳳凰堂  
法隆寺講堂
法隆寺講堂

 寺院建築は、ただ見るだけではどれも同じように見えるものです。建物によって形が違うことはわかっても、それ以上何がどうなのかはわからない。心を洗いにお寺へ行くのはもちろんけっこうなのですが、ある程度の予備知識がないとそのうちつまらなくなってしまいます。上の写真は、建築様式が古い順で並んでいます。時代それぞれの木の組み方などは、それぞれの工人の思いつきかというと、けっしてそんなわけではありません。次に奈良へ行く前に、ものの本をちょっと開いてみてはいかがでしょう。


 

13.    中金堂は復興中、国宝館は休業中。以前仮金堂だった仮講堂で国宝仏の総動員展観、と見て何だかわからなくなる。興福寺は他と同じく工事中。金堂、まだできていなかったのか。着工のニュースを聞いたのはだいぶ前なのに。昔見た覚えのない中門と回廊の基壇が金堂を囲んでいる。そう、どこもいにしえの昔から工事中なんだ。26才、初めて奈良へ来た。40年待って終わらない工事の終わりをまた待てば、自分はこの世にいなくなってしまう。悠久なんだね。悠久が巡るところを現に見る今。仮講堂には天竜八部衆、釈迦十大弟子他およそ25体の仏が居並ぶ。普段あり得ない景観は久遠の途中なればこそ。今日帰ります。合掌。(2017/05/19)

 

12.    五月の唐招提寺に雪は降らなかったけれど、東大寺では雨が降った。久しぶりの径をさ迷い歩いて戒壇院に着くまでに小雨か春雨かというほどの濡れ方。平日の午後3時、戒壇堂にはだあ~れもいない。そのうちなぜか受付窓口さえ空になり、四天王と単独会見。いいのかな。目の前にあるのがミケランジェロの「ピエタ」などだったら、ハンマーで顔面を襲われたかもしれない。そういうことをしない我が身は立派。あるいは、ここに来る世界の人々が立派。はたまた、変なことをさせない戒壇院と四天王に霊力あり。どれなのか。厳かな面立ちが味わい深く男ぶり一番の広目天に尋ねるも、「むすっ」。やはりあなた方の力です。(2017/05/18)

   

11.    白砂青松白雲の空。法隆寺講堂は9間の堂々間口。入母屋の軒反りに爽やかな躍動感があり、かっこいい。柱間に下がる暖簾状の幟が風をはらんで翻る様には心を洗われる。中で瓦の寄進が行われていて、浄財かどうか、千円を納め平瓦一枚の裏に記名したのです。昔どこかでやっておきたかったことで、気が済んだ。森閑とした堂内に間もなく次の寄進者。中年前の女性が墨書する名は、言ってしまうと、「奈良法子」。あっけに取られて回復するまで数秒。なるほど、こういう人は奈良斑鳩の法隆寺に来るでしょうね。寄進瓦は修理中で見られない中門の屋根に乗るはず。当方、高所恐怖症で生活不便。治るかもしれません。(2017/05/17)

 

10.    古都奈良の一般的イメージが塔の遠景なのは、おおむね興福寺と薬師寺のせいか。塔の影はたいてい一つ、多くは右に見えるもの。現在の薬師寺、この在りし日、というか、なかりし日とは眺めがまったく違う。関西弁をまねると、めっちゃ違う。金堂、西塔、講堂、南大門が再興され、回廊もそのうち完成する。金堂に着手するとき日本にはそれに見合う檜が一本もなく、台湾から買ってきた。この状況で全伽藍に近いものを一から造る。めちゃんこ大変な話だ。大変ついでに頼みが一つ。南大門ができた以上、表門はこちらにしてほしい。北から入るのは、寺にしては何やら縁起が悪い気がしていけません。変えるのは大変か? (2017/05/16)

 

9.    冬の奈良にしばらく逗留し、雪が降ったらぶっ飛んで行きたい。そう思わせた場所は奈良西ノ京、唐招提寺の金堂。天平の寺院建築で最高のものは何かと問われれば、一も二もない。ぼたん雪の降りる向こうに金堂の座る姿を撮ったのが入江泰吉氏。真似でもいい、ああオレも、と思ったもの。ただ、写真もいいけれど、当たり前だけれど、実物はいい。展覧会にもってこられるものではないから当然実物を見るしかないのだけれど、見に来た者は自分といえど褒むべき。ここに来ると、20代半ばのあの日この場所、そしてあのやる気を思い出すのです。少し恥ずかしいこともあるから、思い出すのは深い軒が落とす広い陰の中で。(2017/05/15)

 

8.    JR奈良に着き、外へ。あの奈良駅がない! と思うと、それは小さくそこにあった。屋根に九輪を支えもつ石造の旧駅舎は表玄関だけで、置物のよう。周囲は趣ががらりと違って近未来的な、すなわち、今時よくある都市空間。変わったねえ、ちょいと見ない間に。近鉄奈良駅界隈は昔のまま。変えられませんね。すぐ隣は奈良公園、興福寺。県庁があり、東大寺へ続く。JR奈良駅近辺には、れっきとした奈良なのにこういう重さがない。それでは私鉄に負けないよう再開発、となったのか。街を変えある通りをひっそりさせるのは資本、経済界。国鉄だったJRも、今は駅でなく資本なのかな。回顧趣味に浸るのも何ではありますが。(2017/05/14)

 

7.    京都で「こだま」を降り、JR奈良線に乗り換え。宇治の平等院鳳凰堂を初めて見る。「日本人の原風景」と言うけれど、もしかするとこれもその一つかな。物心ついた頃、子どもの小遣いは一日10円。十円玉の絵柄はまだあれだっけ、とふと思うこと何たびか。覚えているだけでもこの60年、十円は鳳凰堂なのです。ついに来ました、やっとのおじゃま。できるだけの長居をして辞するとき、ちょっと気になった旅のふところ。一万円札の薄束のへりを隠れ見ると、札の裏に鳳凰がいた。硬貨の狭苦しさと比べてこちらは広い紙の上に堂々。日銀と造幣局での宇治の扱いはかくも別格。土地の人々には意地かもしれません。(2017/05/13)

 

6.    京都まで新幹線各駅停車の旅、10年ぶり。超特急弾丸列車の各停とは、考えてみればインパクトではありませんか。途中、5分ほどの停車がしばしば。先行の「ひかり」や「のぞみ」がこちらを突っ切るのに要する時間はおそらく7秒程度。全長400メートルが現れて消えるまで7秒。時速200キロのぶっちぎりなのです。それなのに、「行った」ぐらいの静かさ。へろへろ感のある横棒1本のパンタグラフたった2つが頭上の細い電線1本から車両16両大疾走のパワーを取り入れる。あなおそろしや。これで開業以来半世紀一人の事故死者も出さない。新幹線、日本国憲法、そして、ウォッシュレット普及。ノーベル平和賞の資格は十分。(2017/05/12)

 

5.    30年ほども昔の、読書家だった頃。「罪と罰」は読んでいた。「戦争と平和」は、負傷アンドレイ侯爵と同じく三分の一で撤退。では「源氏物語」を。意地になり2日で最初の「桐壺」を読み通し、疲労困憊、根性が尽きた。しかし、気持ちは良かった。翌々日、朝日新聞の天声人語を読むと、「物事の最初にだけ手をつけて残りをすぐあきらめる人のことを『桐壺源氏』という」。見てたのね。恥ずかしいのとヒット感とのゼツミョーななれ合い。ところで、今時の書店風景はいけませんね。表紙がふぁっしょなぶるで、せんせーしょなるで、中身はどんなものかと疑ってしまう。源氏の残り53帖を家で読むのがよろしいようで。(2017/05/07)

 

4.    トマトソースというものが大好き。大昔、これを初めて作り達成感に浸った。料理指南書を見返すとそのページの頭に「とても簡単」とあり、「エヘヘ」。イタリアの三色国旗がトマトソースの赤、パスタの白、バジルの緑なのは、粋だねえ、にくいねえ。赤、白、青のフランス国旗は自由、平等、博愛で、なんだか文句が言えない。ドイツの赤、黄、黒は意外。黒って、どうして? それはともかく、三色旗を持ち寄ってお仲間感覚のヨーロッパが揺れている。明日のフランス大統領選決選投票は予想通り中道勝利でいいのかな? 白、黒、赤、青(緑)、黄は日本料理の基本の色。みんなで和食になじみ、仲良くしてほしいものです。(2017/05/06)

 

3.    このホームページの作成費用はゼロ円です。無料とはいえ、こちらはそもそも買い物をしに来た客。その客には、売っている側の顔が見えません。容量提供元の JIMDO は我が家のインターネットプロバイダが何かの折に推奨したものでもあり、安心らしい。それでも、無料の取引にだって自前の安全策は先々必要ですね。金銭を払う段階になったとしても面倒ながら銀行振り込みで。カードを使う場合の元口座は普通預金に限り残高は限りなく少額に、など。現代的プライバシー感覚が希薄な高齢者が「息子」や「孫」に数千万円を巻き上げられる時代。誰でもよかった、と命を狩る者もいる。あな恐ろしや。当方67才。無事この青春をまっとうできるか。(2017/05/05)

 

2.    ホーム下に幼児が転落。大宮駅、京浜東北線列車とホームの間にするりと落ちたのは、1歳をいくらか過ぎたぐらいの男の子。すでに這いつくばって下に手を差し伸べていたおじさんに協力して子どもを引っ張り上げた。よかった、よかった。幼児というものはまったくの無力。困ればひんひん泣くしかない。一生懸命手を上げて助けを求める姿がとてつもなく愛おしいものに見えてたまらなかった。我が子を害する親がこの世にあると思えば絶望的な気持ちになる。刑法に極刑を残すなら、唯一の対象はそういう親じゃないだろうか。(2017/05/04)

 

1. 戦車、毒ガス、飛行機で戦争の概念を変えた第一次世界大戦の結果は「不戦の算段」。第二次世界大戦の結果「不戦の誓い」はあだ花の原爆がもたらしたもの。工夫しようが誓おうが、世界はそのうちまたあやしくなってくる。世の中は力だ、カネだ。この繰り返しに疑念を抱かない政治指導者がロシア、アメリカに誕生し、日本の首相が仲間に入れてもらおうと頑張る。世界中オヤジの感。そして、日本国憲法施行70年の今日を迎える。オヤジ議論に割って入ってほしいこの日。(2017/05/03)