Labo Kurohama  巻頭言保存 3頁


150.   もう来てやるもんか、とソウルで思ったことが過去に何度もある。60年来準戦時体勢の国だけに街中が待避所を兼ねる地下道だらけ。横断歩道がほとんどなく、地上を伝っては通りの向こうにも渡れない。地下に潜ると大体は出口を間違う。また潜って上がって勘違いの繰り返し。自分の足だけが頼りの試行錯誤に疲れ果て硬い舗道でうずくまったことも幾たびか。今はエスカレーターやらのお陰でだいぶ楽だけど、日本と勝手の違う疲れる街であることに変わりはない。老人が居つけない街。並べちゃ悪いが、そんなわけで犬も住めない街。ごつい国だね。しかしミサイルは飛んで来なかった。いつ来てもそんな騒ぎはありません。(2017/11/05)

 

149.   海外旅行の「切符」がこの頃良くわからない。旅行社からの通知でeチケットというものを自ら印刷し空港に持参するのだけど、この紙切れの信ぴょう性をまず疑う。実際、空港では係員の一瞥を軽く受けるだけで、本領はパスポートの磁気媒体部分に同行者の分もろともがっちり記録されている模様。この作業を誰かが何かの権限で行っているのだろう。それがわからない。機械をいじらされ、いつか「搭乗券」に到達。こんなフニャフニャな紙でよろしいの? 上着を脱いだり手を上げたりしてまたいつかゲートの中へ。無事に世間を渡ったらしい。と思うと今度は「逮捕」か、なんて。未来社会に着陸したと思うことが時々ある。(2017/11/04)

 

148.   ソウル4泊後2晩自宅、朝発って函館5泊。ソウル前の成田泊を含めて13日間の旅が先ほど終了。さすが疲れた。といって寝込むほどでなし、60代半ば、このぐらいはまだできるかというところ。ソウルで雨は一度もなし。函館では2日目に束の間傘を差した。暑くも寒くもない時に長期連続好天は珍しい。ただし、TVを見ては常ならざる気持ちに終始したのです。衆院選自民圧勝。憲法、変えたければ変えろ。議論が始まったか始まらないかのときに国会の3分の2を予め与党にくれる国民の不思議さ。おかしな世の中だけに、殺した9人の首と暮らした男がいる。米大統領殿、貴兄が明後日来る国は、ご自身同様少々変わった国だ。(2017/11/03)

 

147.   西日暮里駅京浜東北線北行ホーム。落とされれば先は当然線路で、その向こうには柵らしいものがない。誰かに放り投げられたとすれば4車線の幹線道路に真っ逆さま。誰がそんなことをする? そこまでを想像してしまうのが高所恐怖症というものなのです。西日暮里は怖い駅。「怖い絵展」のポスターが貼ってあったりしてなおさら怖い。ただの駅なんだけど。原宿駅を出てすぐ入る地下鉄神宮前駅。階段の手摺がギザギザの波型なのはなぜなんだろう。手をゆだねる人を見たことがない。触っても寒そうなスチール製。開放的なホーム、楽しい手摺、なのかな。何とかしてほしいです。ホームドアのようにお金はかからないから。(2017/10/17)

 

146.   富士に月見草は太宰の創作で、富士だからこれということはないのだとか。伊良湖岬の椰子の実は、藤村の友人のタネ。田舎娘が弟たちのために汽車の窓から放り投げたみかんの鮮やかなミカン色、はほんとかな? 芥川にきいてみなければ。当方、家の格好つけに木を数本植えてはいるけれど、植物にも園芸にも無知です。樹齢30数年の柚子の木は生い茂れど実をほとんどつけない。梅の実は毎年わずか数個。中でミカンだけは愚直の手入れのためか今年も実をたわわに吊るす。空の青と葉の緑と実の橙色は留飲を下げる抽象美。あとは、ちょっとウソでもいいから文学がほしい。言葉は出ない。深まり行く秋、いかに呻吟すれども。(2017/10/16) 

 

145.   ある日のスーパー、鮮魚売り場。「これ、イワシ? アジかしら」と、50代半ばぐらいの女性客。鮮魚担当のおにいさんは50前か。「奥で聞いてきます」。世の中、けっこうこんなもんじゃないだろうか。自動車の出荷前検査を素人にやらせる工場。資格をもつ人がいる部署だから、という意識の流れがありそうな。8人が命を失った高校山岳部の冬山訓練。引率者全員が技量・見識の持ち主だったかという問題がある。非常に追及しづらいこの種の問題がブカツと言われるもの一般にはある。医療の世界。「現行の過重労働を正せば現行の医療体制は崩壊する」。どうなる、日本の社会。旨いアジだと言って食べるイワシは旨いけど。(2017/10/15)

 

144.   国旗だか国歌だかに敬意を表さないスポーツ選手を人でないかのように言うアメリカの偉い人たち。国民の運命を担う国家はそう軽いものではないだろうが、人を見下ろすものとまでは思えない。日の丸や君が代に敬意を表せと言われるのはいやだね。向こうからあらかじめ色好いことを言ったりしたりしてくれるなら別だけど。10年ほど前までの教員時代、忠誠心の安売りをしたことはありません。国歌斉唱と言われて着座のままでいることは、良心であってまだ不敬ではなかった。気の利かない世の中になってからは、自転車置場のおっさん役をしてから卒業式などにもどった。その頃には国旗・国歌の場面は終わっていたもので。(2017/10/14)

 

143.   もめ事があっても目くばせで済ませたりそもそも争わなかったりする世間。合理性に立脚して動くべき社会として日本は未成熟である。ということで、ちゃんと渡り合う世の中にしよう、まずロースクールを増設して弁護士を増やそう、ということになった。ところが、訴訟件数は伸びない。学生の司法試験合格率は低迷する。格好がつかない。弁護士が増えてしまった分がそのうち不景気風になって返ってくる。「今なら○○付き」の利息過払い問題相談業務。やっぱり業界不振だったんだ。不振は長いように見える。「もしあなたの夫が逮捕されたら」という誘い文句があった。この無理っぽい話を聞いたのはもう何年も前だ。(2017/10/13) 

 

142.   車に乗ると態度がデカくなるのは人間ゆえか。自転車の人が降りて道を譲っても当然のように通り過ぎる車が多い。相手に譲る場合も、後ろ指を前から指すように「ホレ行け」式の指図をすることがほとんど。掌を見せて「どうぞ」と誘う感性や品性をあまり見ない。思考を膨らますとあの高速道路上のもめ事致死事件になる。不思議なものです。環境にやさしいと言い、地球にやさしいとさえ言う。よりやさしい社会になったから、おそらくはその恩恵が及んで交通事故死者数はかつての3分の1以下に大激減した。こういう時代にやさしさを車の世界で言わないのがわからない。車は啓蒙主義などなじまない「凶器」なのだろうか。(2017/10/12)

 

141.   国会議員諸氏は疲れているのか忙し過ぎるのか、テレビで顔が大映しされるのを見るたびにその襟元が気にかかる。スーツのボタンをきっちりかけていながらノーネクタイ。小菅の塀の中に入る偉い人のようで形無しだ。奇抜な省エネルックで世をうならせた故元首相の省エネ精神を受け継いだか。ネクタイをしていても締まりの弱い人、のみならずYシャツの首ボタンが外れている人。中国や韓国の歴代指導者はその点しっかりしていても、先ほど染め上げような鉄兜的黒々ヘアは見ていてこちらの肩が凝った。役目を終えると茶髪オヤジみたいに白っ茶ける彼らよりはいい。日本の先生方、人前ではネクタイをきりっと締めよう。(2017/10/11) 

 

140.   妻からの別れ話に逆上し、家族を皆殺しにする。テレビでその男の顔を見て、これならそんなこともするかと思い、人を顔で判断してはならずとも思う。やるせない。同じテレビを見ているおじさんが、「こんな奴はすぐ死刑だ」。気持ちはわかるが、それでは死が不当に楽過ぎる。順々に犠牲になった妻と子どもたちの言語や推量を越えた恐怖を悟る前に犯人が公費で命を始末してもらうのは、勝手過ぎる。結果は極刑、それしかなかろう。そこまでの裁判は数年がかり。刑確定後6か月以内の執行が決まりとはいえ、普通はまた数年後のことになる。それまでせめて毎朝看守の足音に怯えろ。こう言うしかない。余りにひどい。(2017/10/10)

 

139.   昔、2歳だった次男が行方不明になった時は青ざめ、否定的展開を想像し観念した。その次男、3時間後パトカーで帰還。あれに乗ったとご機嫌だった。そのずっと昔、3歳だった自分自身が上野駅前のガード下辺りで迷子になった時は、人生が破滅したと思いゼツボーした。これらより少しでも深刻な行方不明事態なら、その子どもはろくなことにならないのだ。4日間消息不明の4歳児の無事発見など、何だか信じられない。去年は函館で7日間不明の子どもが生還した。奇跡が確かにあることの実例。子どもは生きるようきっと仕向けられているんだな。その命を奪う親というものがある。聞くもおぞましい報道がいつか必ずある。(2017/10/09) 

 

138.   ノーベル平和賞の決め方はどうなってるんだろう。大統領が一ついい仕事をしてもらうものなら、オレには永久に光が当たらない。平民だもの。日本の昔々の総理大臣が非核三原則の功ありとかでもらった事態は、そりゃないぜってものだ。17歳の少女の長い長い将来にまで受賞者の栄誉をくれてしまっていいのか。核兵器廃絶国際キャンペーン。もらったはいいけど、実際問題、廃絶に向かって世界はどれだけ進む? 聞くところ、ノーベル賞は実効主義。だったら決まりではないか。開業以来事故死者ゼロの新幹線、多くの人民を痔主階級から解放したウォッシュレット、そして、70年間一発の銃弾の発射も許さなかった日本国憲法。(2017/10/08)

 

137.   紅葉の季節、そうだ京都へ行こう、と一人決めたのは20年ほど前。色鮮やかな雅の世界を堪能することは感涙にむせぶばかりだったけれど、帰りはただひたすらのイライラ。高山寺方面から来るバスに神護寺で乗ろうとするとどの便も満員御礼、停まってさえくれない。タクシーに乗る実力はなく、イジメられっ子の心を察して余る悔し涙にかき暮れた。再び来てはやらずと固く誓い、「紅葉狩り」の暇がなかったことを恨んだ。紅葉狩りとは紅葉の枝を手折ることと思っていたのです。見たんだろ、いいではないか、と言うとちょっと違う。いつか知った顔して紅葉を狩ってみたい。しかし、またあれじゃあね。月満ちて秋です。(2017/10/07)

 

136.   新大陸へ初めて入植した今のアメリカ人の祖先は、先住民からすれば侵略者。入植者としても侵略者としても、銃が必要なことは感覚的に当然だっただろう。そうして東部13州がいつか太平洋につながってできた現アメリカ合衆国は、国際法でいう戦争によって領土を獲得したことがない。戦争をせず国を作った。国造りであって侵略ではない。銃は歴史の中で由緒ある役割を果たしてきた、ということになる。まあ、理屈はあるんだね。じゃあ、銃を捨てろとは言わない。だから規制はちゃんとすれば? おっさん一人で500人を撃てるオモチャのある国は結局幼い。大統領、ライフル協会、いつまでも言い訳ばかりではいけない。(2017/10/06) 

 

135.   何か月か前のNHKテレビ。長時間労働の問題を論じてキャストのアナウンサーが最後に言う。「私たちも長時間労働でこの番組を作っています」。その笑顔はてれ隠しか、それとも内部告発の寓意含みか。そして、NHK31歳女性職員過労死の一件。日本では「商も仁もて」、「あこぎな商売はするな」ぐらいしか言わない。これは商道徳であって労働観ではない。労働を仕切る哲学はなく、だれが何を言おうと強制的時間無制限労働は今も横行する。週休が2日なら1日は働こうとし、3連休で憩うべき家も家族もない。プレミアムフライデーなど、言おうにも口が回らない。働き方改革のアベ君、えらい人が叫べどもこうなんだよ。(2017/10/05)

 

134.   学校の天体望遠鏡を初めて月に向けたのは中学校1年の時。噂に聞くクレーターというものを視野いっぱいに生々しく見て思わず手を伸ばした。38万キロ向こうの月面を触ろうとした衝撃のあの夜。ゼッタイになろうと思った天文学者にはなれなかったけど、この記憶がいまだ新鮮だからまあいいやの気分。今夜、中秋の名月。煌々たる月光がたなびく雲を貫いて地面を照らす夜になった。時々雲間に現れる月は、しかし、真ん丸までなお少々のところ。中秋の名月は満月に限らず、だった。それでも、今日は月見て心地いい。ただ丸くてあからさまな月を見るのはダサいと言った吉田兼好ってなかなかだ。影に追われて家に帰る秋。 (2017/10/04)  

 

133.   番頭が店を出すのを応援するという。番頭の店だと言う。暖簾がかかると、番頭は番頭、会長はアタシ、ということになる。「希望」を野望と言う声が聞こえてきた。都知事になる前に野望の党を宣言しておけばよかったのに。失望を買った挙句に瀕死状態の現野党第一党も新党を作るとか。自分たちが新党だったのに。自民・共産という一貫集団の傍らで、新自由クラブ以来どれだけの新党が雲散霧消したことか。これは政治史でも盛衰史でもなくただの混乱だ。混乱を終わらせようというのが「希望の党」なら一定の意味はあるが、保守から生まれた強硬保守、これを眉唾という。ところで、「都民ファースト」はどうなった? (2017/10/02)  

 

132.   我が家近くにバス停「火の見下」があり、そこに消防団の建物がある。だからそんな名前の停留所なんだろうけど、火の見やぐらはないのです。昔ある日、トラックがバックした折、当時あった鉄骨造の火の見やぐらをへし折ってしまった。折れたものは片づけられ、再建はされなかった。「いいんじゃないの? 使うもんでなし」。ホースを吊るして乾かすぐらいにしか使っていなかったという話。アハハ。そして、地名「火の見下」は残った。いつか消防小屋自体がなくなるかもしれない。それでなおかつそこが「火の見下」だったら、ファンタジーの一角になるんじゃないか。バス停「火の見下でなし」なら、誰も昔を偲ばない。(2017/10/01)  

 

131.   毎日が日曜日の前期高齢者2名、上野で会見。プレミアムフライデーと呼ぶ人は呼ぶ金曜日、まだ4時だからかもう4時なのにか、いつも席を争う店に空席は十分。オバさんにきくと、「ヒマだ」。翌日が週末、さらに今日は3時で仕事を切り上げようなど。テレビでは地震予知連絡協議会が「地震の予測は難しいのでやめた」。そりゃそうだろうと昔から思っていた。どういう団体、いかなる気分の組織だったのだろう。そして、国会解散のこと。解散詔書が読み上げられると、衆議院本会議場に響く「バンザーイ」の大合唱。全員失職なのに。「終わっちまう」ことをバンザイというのはこれが起こりか。どうなる、日本の明日。(2017/09/30)

 

130.   昔ならば野党社会党の立場。衆議院での議席、少なりといえど全体の2割近く。これが、次の衆院選で自分のところからは候補を出さない。出たいならよその世話になれと言う。党代表さえ党を名乗らず。あきれた、と言ってはよくあるオヤジ議論になってしまいそう。だから何も言わない。何を言っていいのかわからないから。このドタバタで現与党が勝ったら悲願の改憲を断行するのだろうか。9条を丸々残して自衛隊を憲法に位置づけるとはどんな魔法かと思うが、やるなら名称を災害出動隊にしてほしい。自衛隊支持者の多くはこの機能に共感している。必ずあるのは戦争よりも災害。外国でだって感謝も評価もされるだろう。(2017/09/28)  

 

129.   アメリカが北朝鮮に手を出すと日中ロが空前の事態に瀕することになる。故にアメリカは拳骨を振り上げはしなだろう、と考えるのは妥当。だからロケット小僧だのオイボレだのと言い合っていられる。米大統領は品格を欠くとはいえ、きっと最低限は大人だろう。北はそうはいかない。オレみたいな奴はアメリカに殺られる、と指導者様は心配している。国がではなく、オレがなのだ。ただでさえ許されざることをすでにいろいろやっている。頭を下げて何とかなると思っていないところはいくらかの知恵。ただ、頭を冷やす知恵やそれを勧めてくれる手下はない。放っといたら? 日本の総理大臣が中国や韓国によくやった手だ。(2017/09/27)  

 

128.   民進党は数だけの野党第一党だ。中身は政党の体さえなさない。相変わらず誰かに逃げられてはぶつぶつ言っている。ぶつぶつ相手と手を組もうとさえ言うのだから、無恥ぶりには目も当てられない。総理大臣が敵陣のこんな有様を見て衆議院解散の手に出るのは当たり前というものだろう。消費税増税分の使い道を変えたいので国民に信を問う、と。そうですか。現総理大臣の師に当たる元首相は郵政改革をかけた参議院選に敗れ、頭に来て衆議院を解散した。何でオレたちがクビに、と当時の衆議院議員諸氏。しかし、これで自民党は大勝した。国民を楽しませる政治ショーではあった。今回の白けた騒ぎは面白くも何ともない。(2017/09/26)  

 

127.   上野でパンダが生まれた6月某日、日本で生まれた人間の子どもは推定2,700人前後。その後人間の赤んぼを何人か見たけれど、やっぱりパンダよりはかわいい。パンダの方は名前が今日決まったとか。中国と相談して決めた由。パンダの個体権は中国の束縛を受けているから、動物の名前一つ決めるのも大変だ。当方、息子2人の名前は自分でつけました。パンダの名前は「パンダ」が一番良かった。その日本デビュー、本邦初の本格的アニメ巨編「白蛇伝」の中。「なあ、パンダ」という半世紀前ののどかなセリフが懐かしい。中国に提案。香港はほんとは「シャンガン」だよって日本人民に広げたら? 「香々」よりは大事だ。(2017/09/25) 

 

126.   美術団体公募展一期会の運営に関わる身が、自らの作品を審査員集団の視線にさらして緊迫の時を過ごしたのは数時間前。目を覆う手の指に隙間を作って自作を見る。それがやっと。いついつまでに描けという仕事にちゃんと応えられたことはかつてなく、今回もまたの思いで審判を浴びる。それでも良かったと一応にせよ思うのは、試しにとはいえ大美術館の壁面で我が芸術を見られること。まあいいかと家で思ったとしても、美術館ではまるでまったく違うのです。家の壁と美術館のそれは広さ大きさ明るさ暗さで根本的に世界を異にするから。この「壁」は誰でも経験できる。そういう人もっと来ないかな、と思った今日の審査。(2017/09/22) 

 

125.   娘二八か二九からず、顔はわずかに浅黒く、凛々しい眉して瞳は深い。インド人と思しきそんな少女が電車の席に座っていた。対面は色白ぽちゃりの若い母親。手足を広げて母の胸に貼り付く赤んぼの寝顔は、この世で一番幸せな者の一人。少女が古代ガンダーラの仏像のように見えたかと思うと、母子は聖母とその子のように思えてきた。電車の中とはかくも心打つ場所なんだろうか。一方、車内広告のギンギラギン作りまくり美女たち。ダメだね。こういう女性との甘くすっぱい一夜に酔った男は、翌朝どんなショックを体験するのだろう。そのまま通る若さ美しさ可愛さを気づかずにいる女ほどけっこうなものはありません。(2017/09/21) 

 

124.   暑さ寒さも彼岸までとは、まさによく言ったものではありませんか。春の彼岸時3月20日頃から秋のそれ9月20日頃までは一年のちょうど半分、6か月毎の区切り。四季の境は必ずしも明確でないのに対して、寒暑の果て時は天文学の法則のように毎年正確。国粋主義をやってみようというわけではないけれど、こういう国は他にたくさんあるんだろうか。日本海を挟んで大陸から攻めづらく、太平洋に面しては黒潮の恵みで魚がふんだん。国土が狭いといいながら、これで世界ランキング上は平均点を越えている。海を言うなら有数の海洋大国。捨てたものではないね。政治家が愛国心を叫んでも、取ってつけが効かないわけだ。(2017/09/20) 

 

123.   企業が社員に「うぇあらぶる何々」を手首などに装着させ、健康状態をテッテー的にモニターするのだそうだ。主権の存する市民国民にこういうものをくっつけるとどういうことになるか。1984年の後に生まれた能天気坊やがG. オーウェルも「1984年」も知らずオモチャを発明して喜んでいるんではないだろうか。ドイツ人は仮病でけっこう休暇を取る。それを労働慣行上の当たり前にしてなおかつあの敗戦国が今は欧州経済を牽引している。広い意味で自分の健康を管理し、病気になる自由をもまた管理しているのだ。真っ黒けっけリクルートファッションの乙女10数人の集団を駅で悲しくも見たばかり。あなおそろしやこの浮世。(2017/09/19) 

 

122.   妻に付き添って都内の大病院へ。入るとすぐ受付係相当の人が何人もいる。振り分けられて行くべき所へ行くと、そこにも受付が数人いる。医師、看護師に会い、用事を済ませて会計に赴くと、また職員が大勢いる。巨大病院の中、見渡せば直接の医療担当者の他に何と人員の多いことか。日本の医療費年間40兆円は国家予算の4割。かかるわけだ。先生一人、奥さん看護婦とおねえさん会計一人ずつ、という「町医者」はどうなったのだろう。〇〇医院そのものを見かけなくなった。個人商店にとって代わったコンビニと同じにはできないのだろうが、医療の仕組みを知らないうちに、当方齢を重ねて医療が増々必要になっていく。(2017/09/18)  

 

121.   台湾ラーメンというものを、そちら方面の出身者らしい人々が働く熊谷の店で食べた。昔ラーメン風の味がして美味かった。しかし、それが台湾ラーメンとはどうしても思われなかった。以前台湾で食べたそれは、日本人としての口には言葉にならないくらいマズかったのです。ただのお湯に八角の匂いをつけて醤油だけを落としたような、スープと言えない汁。いくら何でもと思い、翌日別の店を試すと同じ味。万人向けに違いないコンビニのカップ麺がまたしても同じ味。信じられないような不美味が台湾の普遍的事実なのです。事実であれば、その重みゆえまた食べたくなるもの。そう願った熊谷の店、美味かったのでがっかり。(2017/09/17) 

 

120.   我が町蓮田は大宮や浦和までは駅いくつかで出かける所。今では大宮、浦和他が合併したさいたま市の隣。大都市に接していては田舎っぺだって都会っ子を気取りたくなる。その都会が「さいたま」っていうのはねえ。そろそろ漢字に改めてもらえないものか。行田市埼玉(さきたま)と混同するというけれど、「埼玉市」を「さきたまし」と読む人が末代まで絶えないとは思われない。自治体の合併で妙な名前が生まれたものだ。西東京市、あきる野市、誰がつけたんだろう。蓮田市と白岡町を合わせれば「白蓮市」か、という話があった。実現しなかった。代わりに、白蓮という名の葬祭場ができた。名前とは意外にこんなものか。(2017/09/16) 

 

119.   沖縄県の先島諸島は目鼻の先が台湾。九州から連なる自国の島々が東シナ海をほぼ完全に閉じる様は一国民として気持ちがいい。日本列島の主な島が日本海をわずかの不足で閉じ切らないのは残念だけど、これはサハリン(樺太)についてロシア・ソ連と法的に渡り合った結果であり仕方がない。仕方なくないのは、オホーツク海を完全に閉じる千島列島。この領有権を法的・歴史的にちゃんと考えれば、日本は東シナ海、日本海、オホーツク海の全部をひとりで抱え込む国ということになる。千島は、幕末期にロシアとの樺太千島交換条約で平和的交渉で確定した日本領土。敗戦によって誰かに奪われるべきものではありません。(2017/09/15)

 

118.   先島諸島の人々ってかわいそう、と言えば余計なお世話だが、台風のたびにこの名が出るのでついそう思ってしまう。西南諸島の中の沖縄諸島の中の沖縄本島より東の部分、を言うのだそうだ。この名称はこの頃やっと聞こえ始めた。とにかく台風が通るからか、日本の西南端だからか、またはその中の尖閣諸島を台風の通り道としても名指すのを避けたいからか、いつの間にか「先島」を聞くようになった。即物的な響きながら納得すべき名前ではある。反対側の先島というべき北方領土の択捉島は、名を聞いても字を見ても意味がわからない。島と周辺を急に国境列島境島とでも呼べば北方領土への意識は高まるだろうか。(2017/09/14) 

 

117.   人に尽くす場面が多い職業に就く者は、内心どうであろうと最低限の誠意は看板に出すものだ。障がい者に暴行を加えた栃木県の施設職員2名も、おそらく暴力愛好者ではないのだろう。それでも、人に尽くすことは人を見下ろすことでもあるから、誰もが終始真心とは限らない。挙句にえらくなってしまっている人を教員、医者、警察官などの中に見たことはけっしてまれではない。えらい人は困りものだ。金銭に収れんする営みに従事している以上、そこにいるのは営業者と顧客でしかあり得ない。えらい人が社会にいないことを、えらい人は知らない。職業は、我慢して努めるか辞めるかのどちらか。どうしたって偉くはない。(2017/09/13) 

 

116.   大手の世界宗教が神とか原罪とか言ってもぴんとは来づらい。宗教とは何であれ人間を超えたものだから、人間には分からないのだろう。仏教が何となくとはいえ理解可能なのは、ざっと言ってしまうと、それが宗教ではなく哲学だからだと思う。これは有難いことだ。哲学ならば、宗教のようにメンツをかけて殺し合う必要がない。ところが、ミャンマーの少数派イスラム教徒に手ひどいことをしているのは仏教の側だ。これは残念でならない。仏教が一般に宗教として受け入れられるのはその殺生戒ゆえ。殺してしまっては哲学として受容不能になり、宗教としても破綻する。仏教には堕ちてほしくない。ミャンマー、大丈夫か。(2017/09/13)  

 

115.   20世紀のうちに石油は資源として枯渇しているはずだったが、原油はついこの間まで単位価格が100ドル超だったのに今は半額になってしまった。さらに、産油国は値崩れを防ごうと減産に努めている。そして、と続けば話は分かるのだけど、まだありそうな石油を使わない自動車の開発に世界が躍起になっているのがわからない。石油垂れ流しで地球温暖化を促進しろとは言わないが、EVやらハイブリッドやら水素何とかの開発・生産の基礎は結局石油ではないのか。どうもいやだね。400万円が当たり前な車を買わされる社会になろうとしているような気がしてならない。石油があとどれほどもつか、この頃誰も言わなくなった。(2017/09/12)

 

114.   北海道伊達紋別駅前の食堂で食べたラーメン570円は美味かった。ラーメンといえばただラーメンが本来。味噌だの塩だのはなかった。「何とかかんとかどうのこうのラーメン」は、この趣旨からはラーメンじゃない。あれこれ加えてしたい放題すればとりあえず美味いのは当然。薬物勝手放題で百メートル5秒を達成するのと同じことだ。見よがしに凝りまくって千円も取ろうという店、鉢巻き姿で挑戦的な目をして客を見るたぐいの料理人はともにみっともない。昔、私語禁止という愚か者ラーメン店にみんなで行って私語をしようと企て、実現しなかったことがある。こっちの方がより愚かかもしれないと思ったのだった。 (2017/09/11) 

 

113.   北海道伊達紋別駅前の食堂で昼食。北海道新聞を斜め読みしながらラーメンをすする。ICBM疑惑で緊張が高まる中、識者に取材する記事があった。北朝鮮はソ連が衛星国としてソ連陸軍の金日成に作らせた国、支配者一人のための国であって国民のためにはあらず、という。2割の支配者側階層が生き残れば残りの国民はどうなっても構わない体制なのだ、とも。我が家にある複数の書物と趣旨が一致する。しかし、週刊誌的とも見えるこうした記事を新聞一般で見かけることはあまりない。再びあってもいい凶作、餓死の話題などはまったく見ない。人権、強制収容所のことも同じ。ラーメンとともに疑ってしまう情報の信頼性。 (2017/09/10) 

 

112.   ハイブリッドだのEVだの脱ディーゼルだの。どれがどんなもんじゃと言う前に、どれも値段が高い。事故を起こして余生を苦しみ抜くために3百万円も4百万円も出してはいられないぜ。昔は北海道も九州も車で行った。その車に百万を超えるカネを出したことがない。ダメになるまで乗った。当今、車で行くのは、スーパー、市役所、駅、病院。このような旅にどれほどの値段の車を使えようか。80万円で買った今の車は13年目、まだまだ走る。でも、そのうち買い替えようかな。自動運転なんてものになったら車1台でいくらふんだくられるかわからない。今風中古車があるうちに小遣い銭で買い替えようかな。病院が遠いから。 (2017/09/09) 

 

111.   日本の野党第一党の代表になったのが、以前やってだめだった人。環境大臣だった人は党を出奔し、都知事の家来と結んで二大政党政治の日本を目指すなどと途方もないことを言う。新幹事長になりかけた人は、やましいことはないという、世間が最も喜ぶ不倫容疑で沈没、離党。誰かが出ちゃ入り、またちゃっかり出て行く。こういう集団に野党第一党の議席を与えておく国民とは、どこのどういう人たちなのか。議員といえども職業だ、暮らしがかかっている。だからここへ来れば次の議席がまあまあ見つかるという職業安定所を国会の人々が寄り集まって作った。それが自民党であり社会党であり民主党だった民進党なの? (2017/09/08)

 

110.   説明する方は言葉軽やかだけど、説明される方はその説明がわからない。コンピューターの世界の話し方の独特な傾向。無料でサイトを運営させてもらっている者として恐縮ながら、その親機構も同じことだ。ログインの方法が変わるという。ここをクリックし手続きしろと言う。その手続きはこうだとあるけれど、その「こうだ」が「何のこっちゃ」。これでもPCというものをいじって30年になるのです。技術が変わり話が変わり、その世界そのものが変わっていく。そこまでを分かっているものと早合点した説明が先へ先へと歩いて行く。何だかアヤシいから、このサイトを有料版にアップグレードしろと誘われても、やらない。 (2017/09/07)

 

109.   日本の子どもの自殺率は先進国の中では抜群に高く、自殺の実行は9月1日に多いという。学期が改まる時、みんなやる気だぜ、ということになぜかなっている。そうじゃない者は実に気が重い。桜の花の下でオレだけ気分沈没なんてことはいくらもある。だから、学校が始まってユーウツなのは先生だってけっこう同じなんだ。いっそ、労働は本来苦役、学校は別に楽しい所じゃない、という初歩的な哲学を国民が共有するよう努めてはどうか。お互いが苦しければイジメの反対側で助け合いだってあるだろう。四角四面の総マジメはいかんね。植木等の無責任ものが懐かしい。あんな具合でいて、ほんとはがっちり頑張ってたんだ。 (2017/09/02)

 

108.   学校の避難訓練のさ中に地震に見舞われたことが一度あります。面倒臭そうな顔の生徒たちが体育館への避難、集合を終えたちょうどその時、床が一瞬で30センチ下がったような体感。なかなか大きな揺れに、体育館の鉄骨の枠組みが竹籠のようにきしんで音を出すのがわかった。しかし、圧死はないだろうと体が理解した。竹籠はしなやかで、伽藍堂の中には落ちてくる構造材がない。冗談のような遭遇とはいえ、安全な所へ追い込んでもらったものとむしろ感心。実際の災害で安全な所へ逃げろと言われた場合、さて、それはどこか。わかりませんね。「安全そうな場所」ぐらいなテキトー表現、もう許されてもいいのではないか。 (2017/09/01)

 

107.   昔、生徒のホームステイを企画するのが役割でした。引率で行った先の学校で体育祭などの交流をする。これがなかなか悩ましい。向こうは体がデカいから、遣豪少年少女は同年のマッチに入れてもらえないのが普通なのです。中高一貫教育の学校で日本の17歳がunder 14 に組み込まれたりする。だから活躍できる、かどうかはわからない。見守り役としては辛いものがありました。そのオーストラリアに勝って日本チームがサッカーワールドカップに6年連続の出場を決めたとか。こんどは向こうが under 14 なのか、と一瞬思ったのは皮肉でも自虐でもありません。サッカーに興味はないけれど、突然留飲を下げたニュース速報。 (2017/08/31)

 

106.   米朝開戦となれば死者数は韓国国民の側で50万というのがアメリカの試算。実際どんなものだろう。38度線のすぐ向こうからソウルに砲弾を注いだとしても、アメリカの反撃でその直後に北が壊滅するのは余りに明らか。その前にソウルの至る所にある待避所に避難した市民をどれほど殺傷できるか。湾岸戦争時、イラクが放ったミサイルによって命を奪われたイスラエル市民はスカッド1発当たり数人だった。だから北を叩け、とは言わない。何だかわからない北について唯一明らかなのは、指導者君以下の王朝家族が実は怯え切っているということだろう。怯えてどんな思考をしているかを知ることは重要だ。話を聞いてやっては? (2017/08/30)

 

105.   盛ればOKの牛丼屋店員なんて簡単、と考えていたもの。そこに奥というものがあることを考えればこうも言っていられないに違いない。しかし、それでなおかつ昔の牛丼屋は楽だったろうと思わざるを得ない。久しぶりに行ったその種の店、牛丼屋だから牛丼を出すなんてものじゃない。何屋さんなのだろうという様々な料理。盛るばかりでなく、調理するものが多数。水出しや会計をを含め、全てをおねえさん一人がコマネズミのようにこなしているには驚いた。こんな大変な人の前で勘定350円かそこらの客が楊枝くわえていてどうする。誰かが陰で泣いているはずの格安業界。牛丼だけの牛丼屋で余裕の牛丼をまた食いたい。(2017/08/29) 

 

104.   何かの果物、たとえば梨の季節になると梨狩りなどと言う。秋が深まれば紅葉狩りと言ったりする。「狩り」とは何かというと、逃げる者を追い詰めてし止めるというのがおおむねだろう。紅葉は逃げるか。日が経ち場所が変われば紅葉は移って行く。だから、その前に目で狩っておく。紅葉そのものを手にかけることはない。梨は逃げるか? 逃げないものをむしり取り、挙句の果て食ってしまうのが「梨狩り」。かわいそうではないだろうか。「苺狩り」、「さくらんぼ狩り」。次第に猟奇的なものに聞こえてくる。梨などは、狩るのではなく摘むのです。「家族で苺狩り」。冷血な親と子どもたちか? 友人に梨を一箱送ったところ。(2017/08/28) 

 

103.   アクセントの喪失、画一単調なイントネーション、固有名詞の形容詞化、「ら抜き」言葉。私見ながら、現代日本語の聞きづらさの原因はだいたいこの4つ。この並べ方は、実は出現順なのです。アクセントはキャップ1杯で崩壊した、と言えば何のことかお分かりか。洗剤のコマーシャルで「きゃっプ1杯でこんなに真っ白!」とやったのが50年近く前。「変な言葉、マネする人は少なかろ」と思ったのが大外れ。その後は日本語を覚えるのが大変になった。半世紀こともなげに変わってきた日本語、復旧はもうないかな。言葉狩りをして嫌われるのもしんどい。てゆうかあ、シッカリ喋ったらこっちが言葉狩りとかオヤジ狩りに遭う。(2017/08/27)

 

102.   昔、ある行楽地で。親の監督のもと缶切り作業に挑んでいた5歳ぐらいの男子、次第にトホホ顔になり面目なさそうに、「ぼくは子どもだからこういうのできレラレないんだよ」。可能・不可能を表すには動詞未然形に「られる」、「られない」を続ける。「ら抜き」はいけない。5歳少年もそういう決まりがあるらしいことを承知していて、根性の「ら付き」言葉を絞り出したのです。この難しいとも言えない仕組みを現代人は老若問わずじゃんじゃん無視する。英語の授業で文法をやたら押しつけられた反動か? あの少年、今は30代半ば。根性健在ならばいいのだけれど。ら抜き言葉、かっこ悪い。当方はまねできれられないよ。(2017/08/26)

 

101.   名前の間違いですぐ怒る人はみっともないけれど、名前は大事にしたい。「山田校長」といえば、「山田」は「校長」という名詞にかかる形容詞か? さにあらず、人の名前はもちろん名詞です。形容詞と違い、名詞は後続の名詞の読みの強勢に影響を与えません。したがって、「山田校長」は「やマダ・こウちょウ」と発音するのが道理。「やまだ・コうちょう」だと「山田」が形容詞になり、固有名詞がそこらの形容詞に転落してしまう。「オばま」をアクセント喪失で「おバマ」としても同じことが起こる。「おバマダイトウリョウ」は「福井県小浜市の大統領」。そんなのいるか。日本語の難しさは、こうした区別にあるのです。(2017/08/25)