Labo Kurohama  巻頭言保存 3頁


124.   暑さ寒さも彼岸までとは、まさによく言ったものではありませんか。春の彼岸時3月20日頃から秋のそれ9月20日頃までは一年のちょうど半分、6か月毎の区切り。四季の境は必ずしも明確でないのに対して、寒暑の果て時は天文学の法則のように毎年正確。国粋主義をやってみようというわけではないけれど、こういう国は他にたくさんあるんだろうか。日本海を挟んで大陸から攻めづらく、太平洋に面しては黒潮の恵みで魚がふんだん。国土が狭いといいながら、これで世界ランキング上は平均点を越えている。海を言うなら有数の海洋大国。捨てたものではないね。政治家が愛国心を叫んでも、取ってつけが効かないわけだ。(2017/09/20) 

 

123.   企業が社員に「うぇあらぶる何々」を手首などに装着させ、健康状態をテッテー的にモニターするのだそうだ。主権の存する市民国民にこういうものをくっつけるとどういうことになるか。1984年の後に生まれた能天気坊やがG. オーウェルも「1984年」も知らずオモチャを発明して喜んでいるんではないだろうか。ドイツ人は仮病でけっこう休暇を取る。それを労働慣行上の当たり前にしてなおかつあの敗戦国が今は欧州経済を牽引している。広い意味で自分の健康を管理し、病気になる自由をもまた管理しているのだ。真っ黒けっけリクルートファッションの乙女10数人の集団を駅で悲しくも見たばかり。あなおそろしやこの浮世。(2017/09/19) 

 

122.   妻に付き添って都内の大病院へ。入るとすぐ受付係相当の人が何人もいる。振り分けられて行くべき所へ行くと、そこにも受付が数人いる。医師、看護師に会い、用事を済ませて会計に赴くと、また職員が大勢いる。巨大病院の中、見渡せば直接の医療担当者の他に何と人員の多いことか。日本の医療費年間40兆円は国家予算の4割。かかるわけだ。先生一人、奥さん看護婦とおねえさん会計一人ずつ、という「町医者」はどうなったのだろう。〇〇医院そのものを見かけなくなった。個人商店にとって代わったコンビニと同じにはできないのだろうが、医療の仕組みを知らないうちに、当方齢を重ねて医療が増々必要になっていく。(2017/09/18)  

 

121.   台湾ラーメンというものを、そちら方面の出身者らしい人々が働く熊谷の店で食べた。昔ラーメン風の味がして美味かった。しかし、それが台湾ラーメンとはどうしても思われなかった。以前台湾で食べたそれは、日本人としての口には言葉にならないくらいマズかったのです。ただのお湯に八角の匂いをつけて醤油だけを落としたような、スープと言えない汁。いくら何でもと思い、翌日別の店を試すと同じ味。万人向けに違いないコンビニのカップ麺がまたしても同じ味。信じられないような不美味が台湾の普遍的事実なのです。事実であれば、その重みゆえまた食べたくなるもの。そう願った熊谷の店、美味かったのでがっかり。(2017/09/17) 

 

120.   我が町蓮田は大宮や浦和までは駅いくつかで出かける所。今では大宮、浦和他が合併したさいたま市の隣。大都市に接していては田舎っぺだって都会っ子を気取りたくなる。その都会が「さいたま」っていうのはねえ。そろそろ漢字に改めてもらえないものか。行田市埼玉(さきたま)と混同するというけれど、「埼玉市」を「さきたまし」と読む人が末代まで絶えないとは思われない。自治体の合併で妙な名前が生まれたものだ。西東京市、あきる野市、誰がつけたんだろう。蓮田市と白岡町を合わせれば「白蓮市」か、という話があった。実現しなかった。代わりに、白蓮という名の葬祭場ができた。名前とは意外にこんなものか。(2017/09/16) 

 

119.   沖縄県の先島諸島は目鼻の先が台湾。九州から連なる自国の島々が東シナ海をほぼ完全に閉じる様は一国民として気持ちがいい。日本列島の主な島が日本海をわずかの不足で閉じ切らないのは残念だけど、これはサハリン(樺太)についてロシア・ソ連と法的に渡り合った結果であり仕方がない。仕方なくないのは、オホーツク海を完全に閉じる千島列島。この領有権を法的・歴史的にちゃんと考えれば、日本は東シナ海、日本海、オホーツク海の全部をひとりで抱え込む国ということになる。千島は、幕末期にロシアとの樺太千島交換条約で平和的交渉で確定した日本領土。敗戦によって誰かに奪われるべきものではありません。(2017/09/15)

 

118.   先島諸島の人々ってかわいそう、と言えば余計なお世話だが、台風のたびにこの名が出るのでついそう思ってしまう。西南諸島の中の沖縄諸島の中の沖縄本島より東の部分、を言うのだそうだ。この名称はこの頃やっと聞こえ始めた。とにかく台風が通るからか、日本の西南端だからか、またはその中の尖閣諸島を台風の通り道としても名指すのを避けたいからか、いつの間にか「先島」を聞くようになった。即物的な響きながら納得すべき名前ではある。反対側の先島というべき北方領土の択捉島は、名を聞いても字を見ても意味がわからない。島と周辺を急に国境列島境島とでも呼べば北方領土への意識は高まるだろうか。(2017/09/14) 

 

117.   人に尽くす場面が多い職業に就く者は、内心どうであろうと最低限の誠意は看板に出すものだ。障がい者に暴行を加えた栃木県の施設職員2名も、おそらく暴力愛好者ではないのだろう。それでも、人に尽くすことは人を見下ろすことでもあるから、誰もが終始真心とは限らない。挙句にえらくなってしまっている人を教員、医者、警察官などの中に見たことはけっしてまれではない。えらい人は困りものだ。金銭に収れんする営みに従事している以上、そこにいるのは営業者と顧客でしかあり得ない。えらい人が社会にいないことを、えらい人は知らない。職業は、我慢して努めるか辞めるかのどちらか。どうしたって偉くはない。(2017/09/13) 

 

116.   大手の世界宗教が神とか原罪とか言ってもぴんとは来づらい。宗教とは何であれ人間を超えたものだから、人間には分からないのだろう。仏教が何となくとはいえ理解可能なのは、ざっと言ってしまうと、それが宗教ではなく哲学だからだと思う。これは有難いことだ。哲学ならば、宗教のようにメンツをかけて殺し合う必要がない。ところが、ミャンマーの少数派イスラム教徒に手ひどいことをしているのは仏教の側だ。これは残念でならない。仏教が一般に宗教として受け入れられるのはその殺生戒ゆえ。殺してしまっては哲学として受容不能になり、宗教としても破綻する。仏教には堕ちてほしくない。ミャンマー、大丈夫か。(2017/09/13)  

 

115.   20世紀のうちに石油は資源として枯渇しているはずだったが、原油はついこの間まで単位価格が100ドル超だったのに今は半額になってしまった。さらに、産油国は値崩れを防ごうと減産に努めている。そして、と続けば話は分かるのだけど、まだありそうな石油を使わない自動車の開発に世界が躍起になっているのがわからない。石油垂れ流しで地球温暖化を促進しろとは言わないが、EVやらハイブリッドやら水素何とかの開発・生産の基礎は結局石油ではないのか。どうもいやだね。400万円が当たり前な車を買わされる社会になろうとしているような気がしてならない。石油があとどれほどもつか、この頃誰も言わなくなった。(2017/09/12)

 

114.   北海道伊達紋別駅前の食堂で食べたラーメン570円は美味かった。ラーメンといえばただラーメンが本来。味噌だの塩だのはなかった。「何とかかんとかどうのこうのラーメン」は、この趣旨からはラーメンじゃない。あれこれ加えてしたい放題すればとりあえず美味いのは当然。薬物勝手放題で百メートル5秒を達成するのと同じことだ。見よがしに凝りまくって千円も取ろうという店、鉢巻き姿で挑戦的な目をして客を見るたぐいの料理人はともにみっともない。昔、私語禁止という愚か者ラーメン店にみんなで行って私語をしようと企て、実現しなかったことがある。こっちの方がより愚かかもしれないと思ったのだった。 (2017/09/11) 

 

113.   北海道伊達紋別駅前の食堂で昼食。北海道新聞を斜め読みしながらラーメンをすする。ICBM疑惑で緊張が高まる中、識者に取材する記事があった。北朝鮮はソ連が衛星国としてソ連陸軍の金日成に作らせた国、支配者一人のための国であって国民のためにはあらず、という。2割の支配者側階層が生き残れば残りの国民はどうなっても構わない体制なのだ、とも。我が家にある複数の書物と趣旨が一致する。しかし、週刊誌的とも見えるこうした記事を新聞一般で見かけることはあまりない。再びあってもいい凶作、餓死の話題などはまったく見ない。人権、強制収容所のことも同じ。ラーメンとともに疑ってしまう情報の信頼性。 (2017/09/10) 

 

112.   ハイブリッドだのEVだの脱ディーゼルだの。どれがどんなもんじゃと言う前に、どれも値段が高い。事故を起こして余生を苦しみ抜くために3百万円も4百万円も出してはいられないぜ。昔は北海道も九州も車で行った。その車に百万を超えるカネを出したことがない。ダメになるまで乗った。当今、車で行くのは、スーパー、市役所、駅、病院。このような旅にどれほどの値段の車を使えようか。80万円で買った今の車は13年目、まだまだ走る。でも、そのうち買い替えようかな。自動運転なんてものになったら車1台でいくらふんだくられるかわからない。今風中古車があるうちに小遣い銭で買い替えようかな。病院が遠いから。 (2017/09/09) 

 

111.   日本の野党第一党の代表になったのが、以前やってだめだった人。環境大臣だった人は党を出奔し、都知事の家来と結んで二大政党政治の日本を目指すなどと途方もないことを言う。新幹事長になりかけた人は、やましいことはないという、世間が最も喜ぶ不倫容疑で沈没、離党。誰かが出ちゃ入り、またちゃっかり出て行く。こういう集団に野党第一党の議席を与えておく国民とは、どこのどういう人たちなのか。議員といえども職業だ、暮らしがかかっている。だからここへ来れば次の議席がまあまあ見つかるという職業安定所を国会の人々が寄り集まって作った。それが自民党であり社会党であり民主党だった民進党なの? (2017/09/08)

 

110.   説明する方は言葉軽やかだけど、説明される方はその説明がわからない。コンピューターの世界の話し方の独特な傾向。無料でサイトを運営させてもらっている者として恐縮ながら、その親機構も同じことだ。ログインの方法が変わるという。ここをクリックし手続きしろと言う。その手続きはこうだとあるけれど、その「こうだ」が「何のこっちゃ」。これでもPCというものをいじって30年になるのです。技術が変わり話が変わり、その世界そのものが変わっていく。そこまでを分かっているものと早合点した説明が先へ先へと歩いて行く。何だかアヤシいから、このサイトを有料版にアップグレードしろと誘われても、やらない。 (2017/09/07)

 

109.   日本の子どもの自殺率は先進国の中では抜群に高く、自殺の実行は9月1日に多いという。学期が改まる時、みんなやる気だぜ、ということになぜかなっている。そうじゃない者は実に気が重い。桜の花の下でオレだけ気分沈没なんてことはいくらもある。だから、学校が始まってユーウツなのは先生だってけっこう同じなんだ。いっそ、労働は本来苦役、学校は別に楽しい所じゃない、という初歩的な哲学を国民が共有するよう努めてはどうか。お互いが苦しければイジメの反対側で助け合いだってあるだろう。四角四面の総マジメはいかんね。植木等の無責任ものが懐かしい。あんな具合でいて、ほんとはがっちり頑張ってたんだ。 (2017/09/02)

 

108.   学校の避難訓練のさ中に地震に見舞われたことが一度あります。面倒臭そうな顔の生徒たちが体育館への避難、集合を終えたちょうどその時、床が一瞬で30センチ下がったような体感。なかなか大きな揺れに、体育館の鉄骨の枠組みが竹籠のようにきしんで音を出すのがわかった。しかし、圧死はないだろうと体が理解した。竹籠はしなやかで、伽藍堂の中には落ちてくる構造材がない。冗談のような遭遇とはいえ、安全な所へ追い込んでもらったものとむしろ感心。実際の災害で安全な所へ逃げろと言われた場合、さて、それはどこか。わかりませんね。「安全そうな場所」ぐらいなテキトー表現、もう許されてもいいのではないか。 (2017/09/01)

 

107.   昔、生徒のホームステイを企画するのが役割でした。引率で行った先の学校で体育祭などの交流をする。これがなかなか悩ましい。向こうは体がデカいから、遣豪少年少女は同年のマッチに入れてもらえないのが普通なのです。中高一貫教育の学校で日本の17歳がunder 14 に組み込まれたりする。だから活躍できる、かどうかはわからない。見守り役としては辛いものがありました。そのオーストラリアに勝って日本チームがサッカーワールドカップに6年連続の出場を決めたとか。こんどは向こうが under 14 なのか、と一瞬思ったのは皮肉でも自虐でもありません。サッカーに興味はないけれど、突然留飲を下げたニュース速報。 (2017/08/31)

 

106.   米朝開戦となれば死者数は韓国国民の側で50万というのがアメリカの試算。実際どんなものだろう。38度線のすぐ向こうからソウルに砲弾を注いだとしても、アメリカの反撃でその直後に北が壊滅するのは余りに明らか。その前にソウルの至る所にある待避所に避難した市民をどれほど殺傷できるか。湾岸戦争時、イラクが放ったミサイルによって命を奪われたイスラエル市民はスカッド1発当たり数人だった。だから北を叩け、とは言わない。何だかわからない北について唯一明らかなのは、指導者君以下の王朝家族が実は怯え切っているということだろう。怯えてどんな思考をしているかを知ることは重要だ。話を聞いてやっては? (2017/08/30)

 

105.   盛ればOKの牛丼屋店員なんて簡単、と考えていたもの。そこに奥というものがあることを考えればこうも言っていられないに違いない。しかし、それでなおかつ昔の牛丼屋は楽だったろうと思わざるを得ない。久しぶりに行ったその種の店、牛丼屋だから牛丼を出すなんてものじゃない。何屋さんなのだろうという様々な料理。盛るばかりでなく、調理するものが多数。水出しや会計をを含め、全てをおねえさん一人がコマネズミのようにこなしているには驚いた。こんな大変な人の前で勘定350円かそこらの客が楊枝くわえていてどうする。誰かが陰で泣いているはずの格安業界。牛丼だけの牛丼屋で余裕の牛丼をまた食いたい。(2017/08/29) 

 

104.   何かの果物、たとえば梨の季節になると梨狩りなどと言う。秋が深まれば紅葉狩りと言ったりする。「狩り」とは何かというと、逃げる者を追い詰めてし止めるというのがおおむねだろう。紅葉は逃げるか。日が経ち場所が変われば紅葉は移って行く。だから、その前に目で狩っておく。紅葉そのものを手にかけることはない。梨は逃げるか? 逃げないものをむしり取り、挙句の果て食ってしまうのが「梨狩り」。かわいそうではないだろうか。「苺狩り」、「さくらんぼ狩り」。次第に猟奇的なものに聞こえてくる。梨などは、狩るのではなく摘むのです。「家族で苺狩り」。冷血な親と子どもたちか? 友人に梨を一箱送ったところ。(2017/08/28) 

 

103.   アクセントの喪失、画一単調なイントネーション、固有名詞の形容詞化、「ら抜き」言葉。私見ながら、現代日本語の聞きづらさの原因はだいたいこの4つ。この並べ方は、実は出現順なのです。アクセントはキャップ1杯で崩壊した、と言えば何のことかお分かりか。洗剤のコマーシャルで「きゃっプ1杯でこんなに真っ白!」とやったのが50年近く前。「変な言葉、マネする人は少なかろ」と思ったのが大外れ。その後は日本語を覚えるのが大変になった。半世紀こともなげに変わってきた日本語、復旧はもうないかな。言葉狩りをして嫌われるのもしんどい。てゆうかあ、シッカリ喋ったらこっちが言葉狩りとかオヤジ狩りに遭う。(2017/08/27)

 

102.   昔、ある行楽地で。親の監督のもと缶切り作業に挑んでいた5歳ぐらいの男子、次第にトホホ顔になり面目なさそうに、「ぼくは子どもだからこういうのできレラレないんだよ」。可能・不可能を表すには動詞未然形に「られる」、「られない」を続ける。「ら抜き」はいけない。5歳少年もそういう決まりがあるらしいことを承知していて、根性の「ら付き」言葉を絞り出したのです。この難しいとも言えない仕組みを現代人は老若問わずじゃんじゃん無視する。英語の授業で文法をやたら押しつけられた反動か? あの少年、今は30代半ば。根性健在ならばいいのだけれど。ら抜き言葉、かっこ悪い。当方はまねできれられないよ。(2017/08/26)

 

101.   名前の間違いですぐ怒る人はみっともないけれど、名前は大事にしたい。「山田校長」といえば、「山田」は「校長」という名詞にかかる形容詞か? さにあらず、人の名前はもちろん名詞です。形容詞と違い、名詞は後続の名詞の読みの強勢に影響を与えません。したがって、「山田校長」は「やマダ・こウちょウ」と発音するのが道理。「やまだ・コうちょう」だと「山田」が形容詞になり、固有名詞がそこらの形容詞に転落してしまう。「オばま」をアクセント喪失で「おバマ」としても同じことが起こる。「おバマダイトウリョウ」は「福井県小浜市の大統領」。そんなのいるか。日本語の難しさは、こうした区別にあるのです。(2017/08/25)